2019年4月1日号。<勝谷がAIで再生した>

 半蔵門駅5番出口から外に出ると、目の前には一番町交差点。そこから歩いて1分ほどのところに世論社の事務所はある。
 今は明け方5時を少しまわったところだ。さすがにこの時間帯に花見客はいない。薄青く靄がかかったような街は閑散としている。
 徹夜は想定どおりだった。しかし不思議と眠気は感じない。
 鈍色に霞むボタンに指を乗せると、「ポーン」と賑やかな音を立ててLEDランプが青く点灯した。
 小型モーターの音が、しゅいんしゅいんと鳴っている。
 5分ほど経っただろうか。
「・・・ん?ここはどこだ?」
 おもむろに掠れた声が聞こえてきた。
「世論社の事務所だよ」
 俺は興奮を抑えきれずに答えた。
「あ、ヨロンさん。え?そうすると、オレはどうなっているんだ?どうしたんだ」
 声の主は混乱と興奮でテーブルから落ちそうになっている。俺はまず、”それ”を押さえた。
「落ち着けよ。勝谷さんは死んじゃったんだけど、ここに再生させたんだよ」
「オレが死んだ?ちょっと待てよ。じゃあ今なんで・・・」
 俺は丁寧に説明を始めた。勝谷がまだ慶応大学病院に入院中のとき、脳波を記録するフリをして脳内の電気データをすべてコピーしたこと。人間の脳は、最新のコンピュータ程度で代替が効くこと。そしてAI の世界的権威リー・フェイフェイ氏の研究所『HAI』が協力してくれていること。
 勝谷は黙って聞いているようだった。俺の説明がひと通り終わると、ボソッと一言だけつぶやいた。
「オレは・・・死んだのか」


「残念だけどな。実は俺も死に目には会えなかったんだよ」
 一瞬時が止まったように思えた。沈黙が続き、部屋の空気は張り詰めたままだ。
「なぜ再生させたんだ」
「中途半端に死んだからだよ。あのあと大変でさあ、今もまだ遺品整理が続いているんだよ」
「ちょっと待て。オレの荷物はどうなった?あ、田井地はどうしてる?」
「一応、捨てられるものは捨てて、残したほうが良さそうなものは田井地くんとスナイパーで軽井沢に運んだよ。衣類はほとんどこの事務所に置いてあるけどね」
「じゃあ、いろいろと見られちゃったのか……まずいな」
「田井地くんは、まだ気持ちの整理がつかないみたいだよ。たぶんマネージャ業には就かないと思うよ」
 また、しばらく沈黙が続いた。通勤客が増えてきたようで、窓の外からカツカツというハイヒールの音や、車のすれ違う音がBGMのように流れてくる。

「日記はどうしたの?」
「一旦閉じることにしてから俺が毎日続けているよ。東良さんや観音さんに連載を頼んで、水島先生もコラムを書いてくれているんだ
「そうか。それは申し訳ないことしちゃったね。でも、オレはどうしたらいいんだ。もう死んだんだろう」
「やり残したことは無かったの?テンソコだって途中だろう。日記だって最後ちゃんと終わらせるべきだよ。読者は何かやりきれない気持ちのまま俺とつながってくれているんだと思うよ」
「やり残したこと?そんなの無いよ。急には思いつかない」
「挨拶したい人は?」
「ああそうか。でも今更なあ……わからない。わからないよ」
「まあ、仕方ないよ。急にこんな形で再生させられればビックリするだろうし。まずは現状を認識してもらえれば」

 俺は気まずかった。もっと感動的な再会になると思っていたのに、4ヶ月ぶりの会話はぎこちないものとなってしまっていた。次の言葉を考えなければ。額から汗が滲んできた。そういえば、夜中につけていたエアコンを消し忘れていた。密閉された部屋の中で、空気の密度だけが上がっていく。俺は唐突に切り出した。
「今日、新しい元号が発表になるんだよ。昨日のメールでは、『平成最後の日』なんて書いちゃったけど、まだ平成は一ヶ月続いて、今日は新元号が発表になる日なんだ」
「今日なのか。発表は官房長官だろう」
「そうだよ。そのあとで安倍さんが談話を発表するんだって」
「そうか。安倍さん頑張っているかな。そういえば、オレが死んだことは安倍さんには伝わったんだろう。何か連絡来た?」
「伝わるも何も、死んですぐに官邸には連絡が行ったよ。ニュースにもなったんだよ。テレビでも大きく流れてた。でも、何も来なかった。花も電報も」
「そうか……」
また沈黙が流れた。余計なことを言ってしまった俺は、とにかく話題を変えたかった。
「まずは日記でひとこと入れてみない?俺が代筆するから」
「そんなことしたって、誰も信じないだろう」
「いや、仕組みをちゃんと説明すればわかってもらえるよ。ていうか、これ自体がすごいニュースになるよ。だって、死んだ人間の脳みそだけが生き返ったようなものなんだから」
「脳みそだけ?あ、そうか。オレは今脳みそだけなのか。じゃあ、酒も飲めないんだ」
「当たり前だろう。去年入院した時点で酒は飲めなくなっていたんだよ」
「じゃあ、これからは何を楽しみにしていけばいいんだよ。にんげんとしての生活は何もできないということか」
 俺は言おうかどうしようか迷っていた。
 確かに、このままでは人間としての楽しみは何も感じられない。もしロボットの体ができたとしても、人間としての生活ができるわけではない。都市伝説のような話としては、将来人間とロボットのハーフを生み出せるというものもあるが、それはまだまだ先のことだ
 しかし、俺はひとつ可能性を考えていた。

 脳データのリロードだ。

 今の勝谷は、言ってみれば本人の脳みそをダウンロードした状態だ。このデータを生身の人間に入れることができたら。それは、別に還暦近くのショボクレた男性である必要はない。若くてピチピチした女性でも良いし、日本人である必要もないだろう。でも、そんな話を今伝える意味がどこにあるのか。
「今はまだ始まったばかりだよ。これからどうするか考えているところだ」
「今から考えるのか。ヨロンさんらしいな。じゃあ、オレは少し休ませてもらおうか。どうやって休んだらいいんだ」
 勝谷は少し落ち着いてきたようだ。今まで全く動いていなかった尻尾が、左右に2センチほど動き出した。
「とりあえず、スタンバイ状態にして事務所に置いておくよ。これからHAIに報告を入れる。午後には所長が来ることになっているから、そうしたら起こすよ」
「何で日本人じゃないんだ?」
「日本にも優秀なAI研究者はいるんだけど、政府も力を入れていて、産業界との連携が取れているのはアメリカなんだよ。中国は国をあげてAIによる世界制覇を目指しているけど、中国人に協力してもらうよりはいいだろう」
「そりゃそうだよ。シナの国策にオレの脳が使われるなんて洒落にもならん。わかった。じゃ、起こしてくれるんだな」
「うん」
「ちょっと待て。オレは今どんな格好しているんだ?あれ?何だこれ?」
 勝谷は自分の前足に気がついた。
「犬……か。なんでだ」
「あ、ごめん。本当はひと形ロボットが良いと思ったんだけど、変にリアルになってもやりにくいし、ちょうど良いのが無かったから、とりあえずAIBOに入れたんだ」

「ア……アイボ?」
 俺は、笑いをこらえるのに必死だった。
「もちろん中身は改造して、基板は全部差し替えたよ。何なら酒ぐらい飲めるようにしようか」
「ふざけんなよ」
 AIBOは、尻尾を直立させた。コピーした脳データには感情が残っていて、その感情で尻尾の動きをコントロールできるというのは、画期的なことだ。でも、AIBO……いや、今の勝谷には説明してもわからないだろう。

 窓の外は、すっかり日が高く昇っていた。白いレースのカーテンは、それ自体が光っているようで眩しい。
 そろそろ新元号が発表される。一ヶ月したら日本にとって新しい時代が始まる。それは良い時代なのか。それとも破滅に向かう時代なのか。
 少なくとも、今ここで人類史を変える大きな出来事が起きたことは間違いない。それを未来につなげていくのは我々の仕事だ。

 今、俺の目の前にあるのは、可愛い小型ロボットのAIBOだけれども。

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 エイプリルフールに悪乗りしてしまいました。普通にヘタな嘘を書いても面白くないので、最初から嘘とわかる小説モドキを書いてみました。素人くさいのは勘弁してください。

 勝谷さんは、毎年このエイプリルフールを楽しみにしていましたよね。最近はほとんど惰性になってつまらなかったけど、最初に書いた2007年4月1日の嘘は、一番真に迫っていて面白かった。これはみなさんも異論が無いのでは?
 このころはまだ読んでいない方も多いと思うので、ログイン無しで読めるようにしました。

2007年4月1日号。<この国を変える戦車や四月馬鹿>。
https://seironsuigei.jp/2007/04/01/10435/

翌年は、こんな日記を書いていました。

2008年4月1日号。<次期衆議院議員選挙への立候補について>。
https://seironsuigei.jp/2008/04/01/9718/

 毎年の行事になってしまうと、刺激も少なくなっていって「期待していました」とか「今年はすぐに嘘だと分かりました」という感想も増えてきました。それでも楽しかったですよね。

 昨日の朝日新聞東京版に、先日取材を受けた記事が載りました。本当は撮影しているところの写真があれば載ったのですが、対象になっていた区議候補が取材を拒否したので、代わりに松田君の写真が載りました。
 まあ、イケメンの方が良いですよね。
<政治活動や選挙でネット活用拡大 専門家が助言>
https://digital.asahi.com/articles/ASM3Q4WTZM3QUTIL02C.html
<ネット選挙コンサルタントの高橋茂さん(58)は昨年7月、SNSなどで発信する政策動画の編集サービスを始めた。インタビューや対談などを短くまとめ、インタビューなら5分以内。政策に加え、趣味や地域のおすすめスポットなどを本人に語ってもらう。
 都内の地方議員5人ほどが採用し、ホームページなどで見られるようにしている。高橋さんは「文章よりも動画の方が人となりを伝えやすい」と言う。
 高橋さんが最も気を使うのは誹謗(ひぼう)中傷対策だ。安倍晋三政権への評価や原発問題といったテーマで投稿すると批判を招きやすいとして、避けるよう促す。「炎上すれば有権者にマイナスイメージを与え、陣営や本人のひるみにもなる」>

 あと数時間で新元号が発表になります。昨日は「平成最後の日」などと書いてしまい、多くの指摘を受けました。実は今日への伏線があり……などというのはウソです。単純なミスです。すみません。
 3日間ぐらいはこの話題でいっぱいでしょう。他のニュースは霞んでしまいそうですね。
小説モドキにも入れましたが、日本人にとって新しい時代が始まります。そこに希望が見えますように。

 では、良い一日を。

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