2020年3月3日号。<広島が動き始めた / 逃亡の旅 第33回 ~愛知に逃げる~:花房観音>

2020年3月3日号。<広島が動き始めた / 逃亡の旅 第33回 ~愛知に逃げる~:花房観音>

 おはようございます。ヨロンです。

 昨夜は新橋の居酒屋で呑んだのですが、カウンターだけの10席ほどの狭い店内は、私たちだけの貸し切り状態でした。テレビでよく出てくる駅前のSL広場もいつもより人が少なめのように見えます。肌感覚ですが、娯楽、飲食、宿泊、そしてサービス業全般も、相当客は減っているのではないでしょうか。

昨日の老人への規制、特にデイサービスや介護施設については、批判的な意見をいただきました。私自身の認識の甘さや、説明がうまくできなかったこともあるので、いろいろとご教示いただきました。
子どもたちを自宅に閉じ込めるのであれば、まずは感染者の多い高齢者の感染機会を減らすのが筋ではないか、ということを言いたかったのですが、政府は若者からの感染防止を訴えかけるようです。

<「若者が感染拡大、密集地避けて」専門家会議が呼びかけ>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200302-00000040-asahi-soci
<政府の専門家会議(座長=脇田隆字・国立感染症研究所長)は2日、10~30代の若者が感染を拡大させているとして、ライブハウスやクラブなど閉鎖された人が密集する場所を避けるよう求めた。北海道での感染拡大や大阪市のライブハウスでの小規模な患者集団(クラスター)の発生をふまえた。>

 確かにライブハウスやスポーツジムからの感染は、若年層世代ということになりますが、そこだけに注目しているところに違和感を感じます。雀荘も確かに感染しそうな気はしますが、こちらは高齢者の利用率が高いのではないか。
次にカラオケスナックで感染者が出たら、今度はカラオケにも行かないように呼びかけが行われるのでしょうか。場当たり的な印象も感じます。
本気で10~30代の若者に呼びかけるとしたら、別の方法を考えるべきでしょう。「呼びかけた」とか「求めた」と言っても、それを流すのがテレビ、ラジオや新聞などのメディアでしかなければ、おそらく届かない。政府は、ネットメディアを中心としたアプリの広告枠に、大量に情報を入れていくべき。どういうことをタイムリーに行わないので、後手後手の印象につながるのかもしれません。

昨日取り上げた聖火リレーのSNS動画投稿問題や、アメリカ大統領選挙の民主党候補選びでブティジェッジ氏が撤退することなど、注目のニュースも出てきてますが、それらはまとめて明日取り上げるとして、今日はこれだけはお伝えしておきます。
<自民・河井案里参院議員の公設秘書を立件へ 運動員買収の疑い 広島地検>
https://mainichi.jp/articles/20200303/k00/00m/040/004000c
<自民党の河井案里参院議員(46)=広島選挙区=が初当選した2019年参院選を巡る公職選挙法違反事件で、広島地検は近く、車上運動員に違法な報酬を支払ったとする同法違反(運動員買収)の疑いで、案里氏の公設秘書を立件する方針を固めた。>

 いよいよ広島地検が動き始めたということで、今までは証拠を固めていたのでしょうね。立件されて有罪が確定すれば、連座制が適用されて河井案里議員の当選は無効となります。はたしてそこまで行くのかどうか。すでに自供はしているようなので、可能性は高いでしょう。官邸はウイルスよりもこちらの方が気になるはず。

愛知というと、私は名古屋には何度も行っていますが、とても相性が良いと感じています。勝谷さんは「旨いものが無い」などと言っていましたが、ひつまぶしも手羽先も味噌カツも大好きです。あんかけスパゲッティはちょっといただけませんが、それはたまたま入った店が悪かったのかもしれません。
愛知は独特な文化の発祥地ともなっていて、土地柄としても興味深いものがあります。
そんな愛知では、今週末に「名古屋ウイメンズマラソン」が行われます。ギネスにも認定されている女性限定のフルマラソン。通常であれば、名古屋市内を2万人以上の女性が走る華やかな大会なのですが、今年は一般のランナーが走れなくなり「オンラインマラソン」というものが実施されます。
これも注目しています。

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 逃亡の旅 第33回 ~愛知に逃げる~

 花房観音(小説家)


先週日曜日、新しくなった京都みなみ会館に、初めて足を踏みいれた。
みなみ会館は古くからある映画館だったが、場所を移転して、昨年営業を再開した。
三階建てのビルは、もともと銀行だったらしい。スクリーンが増えて三つになり、屋台で売っているホットドッグが美味しいと聞いていたが、なかなか行く機会がなかった。
近鉄東駅から徒歩すぐ。そのあたりに来ると日本で一番高い東寺のライトアップされた五重塔が見える。
新生みなみ会館は、想像以上に立派なものだった。外付けの階段があり、見上げると、三階の踊り場に背の高い男の人がいた。
その人は私を見つけて手をあげて、階段を下りてきた。
「お久しぶりですね」
2年ぶりの再会。
カンパニー松尾、54歳。
AV監督だ。

 みなみ会館に来たのは、カンパニー松尾監督の作品「A DAY IN THE AICHI劇場版 さよならあいち」の上映後のトークに呼ばれたからだ。この作品は、松尾さんの故郷・愛知県を撮ったドキュメンタリー映画で、AVではない。
昨年、「表現の不自由展」で話題になった「あいちトリエンナーレ」の映像プログラムとして上映されたものを再編集して劇場公開がはじまっていた。
カンパニー松尾は、愛知県春日井市のサラリーマン家庭の長男として生まれる。東京で映像の専門学校を出て制作会社に就職したところ倒産し、元の同僚に誘われて「V&Rプランニング」というアダルトビデオの会社に入社した。
もともとAV監督になろうと思っていたわけではないし、しかもその頃、彼は童貞だった。
安達かおる監督率いる「V&Rプランニング」は、過激な映像を制作する異端の会社として知られていた。外務省に勤める親の関係で、少年時代を海外で過ごした安達監督は、そこで「死」を目の当たりにする。死は、タブーである。ではなぜ、タブーなのか。そもそもタブーとは何なのか。
安達かおるは、障碍者のセックスなど、タブーに挑戦し続けた。当時のアダルトビデオの世界は、もっとも自由な表現が許される世界だった。
V&Rプランニングからは、山谷の労働者とボディコンギャルとのセックスや、自衛隊基地にAV女優を潜入させる作品などを撮り「社会派」とも呼ばれたバクシーシ山下監督なども排出している。
彼らの作品は、その過激さゆえに、度々発売禁止ともなった。
童貞でAV制作会社に入社したカンパニー松尾は、AV女優との初体験を経て、カメラを手にする。
そこで彼のスタイルとなったのは、「ハメ撮り」だった。つまり、セックスしながらカメラを回すのだ。周りが過激な作品を撮っていく中で、彼がやろうとしたのは、当たり前のセックスを撮ることだった。
作り物のセックスではなく、日常の延長のセックスが撮りたかった。応募してきた女の子のもとに会いに行き、現地で大好物のカレーを食べて、セックスしてそれを撮る。密室の、ふたりきりの空間でのセックスだ。
そのような作風がゆえに、カンパニー松尾自身も、女の子も、「素」が出てしまう。普段カメラの前ではカットされるべき感情が溢れてしまい、彼の作品は「私小説風」とも称された。
そうやって、自分のプライベート交じりのAVを発表してきたカンパニー松尾が、故郷の愛知県で生きる人たちをカメラに収めた。
登場する人たちは、特に奇抜な人たちではない。だから何も起こらない。
ただ、愛知県に生きている。
18歳で出てきた愛知県とは、どういうところなのか。
撮りながら、カンパニー松尾が、「故郷」を探している気がした。

 漫画家、アイドル、トマト農家、酒造家、テレビ局社員、映画監督、ミニシアター支配人、フリーター、大学生、会社員、建設業者、食品販売、アーティスト……愛知県に根を張って生きる人たちが、カメラの前で語る。

 愛知県。
私はあまりゆかりがない……と言いながら、何十回も行っている。ほとんど仕事だ。
名古屋駅で東京のお客さんを受けて西へ行き、また名古屋駅で送るパターンとか、京都奈良に来た修学旅行の小学生を愛知県にバスで送ることが多かった。
京阪神のお客さんを名古屋や蒲郡に観光で連れてきたことも何度かはあった。
中日阪神戦の仕事で、ナゴヤドーム、ナゴヤ球場も行ったことがある。
最近ではバスの仕事はないが、岐阜のストリップ劇場に行く際に、名古屋を経由して、必ず名古屋駅地下の喫茶店「コンパル」のエビフライサンドを食べる。
名古屋駅の新幹線のホームのきしめんが美味しいのは結構有名な話で、私も一度だけ食べた。
味噌カツ、味噌煮込みうどんと、やたらと味噌を食べるイメージが強い。
そういえば、以前、愛知県からの小学生が京都に来た際に、バスの中で「織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、全員、愛知県の出身なんですよね」というと、「イチローもだよ」と子どもに返された。
愛知県が好きかと問われると、申し訳ないが、「別に」だ。
昔から、愛知出身の人には好かれない傾向があるのははっきりしてる。
あの人も、あの人も、そういえばあの人も、愛知だ。
相性が悪いのか。

 映画の中で、「京都」との共通点の話があって、それには頷いた。
愛知県の人は愛知から離れたらがない。
京都の人も、京都が好きで、京都から離れたがらないし、京都が一番だと信じている。
私は兵庫北部の田舎から出てきたので、京都人にはなれないし、でもだからこそ「よそさん」の目で京都を見て小説を書けると思っている。
そして京都を書いて、つくづく思うのは、京都人は、京都を書く人に厳しい。今まで何度も「お前なんか京都をわかっていない」と言われたことだろう。はぁ? と思ったのは、「あなたは京都の女のセックスを知らない」と言われたことだ。なんなんだ、京都の女のセックスって。そもそも京都の女はみんな同じセックスをするのか。
地域性というのがあるのは、バスガイドの仕事をしていて実感している。各地方のお客さんごとに特徴がある、こんな小さな島国なのに。
その地に根を張っている人は、大なり小なりプライドも愛も葛藤もあり、生きようとしている。自分が選んだその土地で、生活を営む。
文化の多くは東京から発信されていているから錯覚してしまうけれど、人が溢れ何でも手に入り職業選択の自由があるのなんて、東京だけだ。
東京から発信される情報だけを見ていると、違うよなという感覚が年々大きくなる。
旅をするたびに、地方を活気づけないと、この国は死んでしまうと思う。
だから、こうして愛知県に根を張り、そこで生きようとしている人たちの映像を見ると、ホッとすると同時に、こうして東京以外の場所からどんどんど発信していかないとなと思った。

「A DAY IN THE AICHI」には、愛知で暮らす、カンパニー松尾の母親の日常も登場する。数年前に夫を亡くし、ふたりの息子は東京で家庭を持っているので、母は普段、ひとりで暮らしている。
東京に行き働いている息子が、AV監督であるとバレたのは、早かった。両親はもちろん動揺し、母は「お父さんも会社でいろいろ言われてた」と、口にする。
54歳のカンパニー松尾は、今でも「ハメ撮り」を続ける。身体が思うようにはならなくなったと言いながらも、やめない。
妻も娘もいる。娘は父親の仕事を知らないという。
AVに出演する女の子と会って話してホテルでセックスをする時間以外は、ごくごく普通の父親であり息子である「風景」が流れる。AV監督だって人間で、家族もいれば生活もある。
AV監督、しかも「ハメ撮り」というと、知らない人は「どんなやつだ」と想像をめぐらすだろうけれど、松尾さん自身は、極めて人としてまっとう過ぎるほどまっとうな人だ。虚栄心も自己顕示欲も開き直りもなく、うしろめたさはあるけれど卑屈さはなく、自分の仕事を無理やりに正当化もしない。常に冷静で客観性を忘れないのは、どこかさめているからか。
そんなカンパニー松尾の撮る「セックス」は、寂しい。
身体を重ねて快楽を得られても、人は寂しいのだ。
いや、寂しいから、セックスをする。
そんなことを露わにしてしまう。

 私が最初にカンパニー松尾のAVを見たのは、20代後半だった。
当時関係していた男に渡された、ダビングしたVHSのテープの中に、「熟れたボイン」という作品があった。監督であるカンパニー松尾は、被写体である宮崎レイコという九州に住む美しい女性に恋をしていて、彼女も自分に好意を示してくれている。彼女はシングルマザーで、結婚せずに子どもを育てていた。
好きだけど、踏み込めない。その距離感が、もどかしい。
彼女を美しく撮りたい。これはAVだから。そう、AVなのだ。
撮影が終わったら、どうなる。
お互い好きで、セックスもしているのに、超えられないものがある。
そんなふたりの関係が、切なくて、涙が出た。
こんな恋愛小説のような余韻を残すAVがあるのかと、驚いた。
それより少し前に、平野勝之というAV監督が、北海道に愛人である林由美香という女優と自転車旅行に行く「由美香」という、もとはAVで劇場公開された作品も見て衝撃を受けていた。
20代の私は、映画館で働いていたので当時はよく映画を見ていたほうだと思うが、ドキュメンタリーAVが強く心に響いて、彼らの作品を探しはじめる。
そんなとき、ふと書店で手にとった本に、カンパニー松尾や平野勝之のインタビューが載っていた。分厚い本で、タイトルは「アダルトビデオジェネレーション」、著者は「東良美季」だった。
そして、私はその世界にのめりこんでいく。

 あれから20年近く経ってしまった。
私は50歳という年齢が見えてきて、パッとしないなりに小説家として生きてきて、松尾さんはまだAV監督だ。
思ったよりも人生は長いけれど、周りの人が亡くなることも増えて、人生は完全に折り返し地点を過ぎている。
だからこそ、故郷を振り返っているのかもしれない。
どこへ行っても、故郷からは逃れられないなと思うようになった。
昔は何度も振りほどこうとしたのに。
「さよならあいち」とタイトルにあるけれど、さよならなんて、したくてもできない。
好きだろうがそうでなかろうが、離れられないもの、それが故郷。
二度と戻るつもりはないけれど、背中に張り付いている、ふるさと。

「年をとったから、こういうものを撮れたんだと思う」というカンパニー松尾の言葉に、頷いた。

「A DAY IN THE AICHI 劇場版 さよならあいち」
https://aday.themedia.jp/

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