2026年2月25日号。<アートなんてゴミかもしれんが、プロセスは貴重!T-1>

2026年2月25日号。<アートなんてゴミかもしれんが、プロセスは貴重!T-1>

おはようございます。
T-1です。

ある一人のギャラリストが物議を醸しています。
東京にある美術系私立大学の合同展「五美大展」を見た感想をX上でつぶやいたのが発端。
そのつぶやいた内容はこちらです。
「五美大展に行った。どうもゴビとゴミが似ているので、ついゴミ大展と揶揄したくなる。」
よく知らないじいさんが上から目線で若者に暴言を吐いたら、「お前誰やねん!黙ってろや、しばくぞ!」という勢いで、若者がじいさんを総攻撃という感じです。
特にネットニュースにはまだ上がっていないのですが、いちおうアートプロジェクトにも関わる界隈にいるT-1としては、気になる出来事でした。
炎上を引き起こしてしまったのは、ミヅマアートギャラリーの三潴末雄さんです。
2000年当初、上京したてのT-1青年が、吉本興業に滑り込み、明和電機のアトリエに出入りしていた最中。勝谷誠彦のマネージャーになる前夜。
今や大御所の村上隆さん、奈良美智さん、会田誠さんたちが大活躍の現代美術ブームが来ており、その中でも「ミヅマ」という名前は、現代美術界隈では、知る人ぞ知るという感じで、会田誠さんが所属していたり、なかなか勢いのあるギャラリーでした。
当時明和電機は兄弟ユニットで、兄正道さんが社長、弟信道さんが副社長として活動しておりました。その後、社長が35才で定年退職(早すぎやろ)し、弟の信道さんが社長となって今に至るわけですが、その兄正道さんがアート界の「昭和40年会」なるグループの一員だったのです。そこには会田誠さんや小沢剛さん、松蔭浩之さん、パルコ木下さんたち当時シーンを賑わしていた方々もメンバーでいらっしゃいました。
そのご縁で、いろいろ変な会にT-1も出入りしていたのですが、三潴さんは60手前ぐらいながら、すでに翁の風情を醸し出していました。脚が悪いのか杖をついていたのも翁具合に拍車をかけていたのだと思います。いつもどんな会場でもお見かけするぐらいどこにでもいた記憶があります。ニコニコ訳の分からないパフォーマンスを眺めたり、アーティストと話をしているのを見て「じいさん元気やなー」と思っていたものです。ぼくも何度かお話したはずですが、酔っぱらっているので覚えてません。だいたい美術展のレセプションパーティーはタダ酒が飲めるので、貧乏若者としては、ここぞとばかり飲み倒していました。
そう、何が言いたかったかと言うと、ミヅマのじいさんは、かなりの若者の味方だったということです。
それが、なんで作品をゴミ呼ばわりしたのか?
そもそも、アート界隈の飲み会では、アートなんてゴミみたいなもん、ウンコみたいなもんというのは常で、ある種のメタファーや自虐なども含んだものとして発言されていたと思います。「お前なんであんなんばっかり作ってんの?なんでなん?」「偉そうにすんなや!」と、当時、荒くれ酔っぱらいのT-1は、上から目線のすべてを知ったかのような「アートだから。分からないものだから」とすかしている芸大美大生に文字通り喰ってかかる勢いで激論したものです。恥ずかしくも楽しかった思い出です。*昨今SNSで騒いでいるのと一緒か?いや違うか?

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